【スペシャル対談 part2】「チームワークも絶対諦めない心も野球が教えてくれた」
・インタビュー対象
大阪公立大学医学部附属病院救命救急センター 内田 健一郎先生
東北大学病院高度救命救急センター 谷河 篤先生
「第6回世界外傷学会(WTC2023)」でのVRセミナーにご登壇くださった内田健一郎先生(大阪公立大学医学部附属病院救命救急センター)、谷河 篤先生(東北大学病院高度救命救急センター)によるスペシャル対談。第二弾は、お二人が医師を目指されたきっかけや今後の抱負などを語っていただきました。
野球の経験が意外にも今の仕事につながっています
お二人はどのようなことから医師を目指されたんですか?
(内田先生)僕は中学2年まで野球をやっていたんです。リトルリーグから始めて本当に夢中でした。ところが、中2の時に祖母が心筋梗塞で倒れて、もう危篤だと連絡があったんですね。駆けつけた病院で祖母の治療に当たってくれているお医者さんの姿を見て、こういう仕事があるのかと感動して。どんな状況でも人の役に立つために必死で頑張るってすごいことだなと思い、そこから救命に関わる医者になりたいと思うようになりました。友だちには「野球しかしてないのに、なれるわけないじゃん」とか言われましたけど(笑)。
(谷河先生)じゃあ最初から心臓外科を目指したんですか?
(内田先生)どういう分野に進むかはいろいろ悩みましたね。小児の脳外科も一時は真剣に考えましたが、やはり心臓で亡くなった祖母のこともあって最終的には心臓外科を選び、愛知県の名古屋第二赤十字病院(現:日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院)で研修を受けさせてもらいました。
(谷河先生)あの病院は名古屋の救急を担っている救命救急センターですから、大変な数の救急を受け入れていますよね。
(内田先生)そうなんですよ、年間で1万5000台ぐらい救急車を受け入れているんです。ですから手術もたくさん経験させてもらいました。でも、外傷患者さんの場合、胸部にも腹部にも骨盤にもといったようにさまざまな箇所に損傷があることが多く、どこから手術するべきかという判断が難しい。そんなことから、外傷診療についてさらに勉強したいという気持ちが芽生え、現在の大阪公立大学医学部附属病院の救命救急センターに勤務することにしたんです。
(谷河先生)もしかすると中学2年までは野球選手になるのが夢だったとか?
(内田先生)それは考えてなかったですね(笑)。今考えると、モチベーションを維持する精神力とか、努力を惜しまないという姿勢は、野球で養われたような気がしますね。もともとチームプレーとかチームマネージメントが好きなんだと思うんですよ。野球って、バスケットボールとかサッカーと違って、例えばそのポジションにボールが飛んだら、その選手しか頼りにできないじゃないですか。バッターでも、打席に立つそいつを頼るしかない。
(谷河先生)あぁ、確かに!
(内田先生)だから、万が一エラーしても、そのポジションにまたボールが行ったらお前しかいないんだよ、って見守るしかない。怖くても次のプレーで挽回すればいいんだよっていう、信頼のスポーツでもある。そういう意味では、外傷外科と近いものがあって、患者さんが運ばれてきた時に誰がどう動くかというチームマネジメントの点で、野球での経験とフィットするものがあるのかな、と思っています。
(谷河先生)なるほど、つながらないようでつながっている部分があるものなんですね。
内田健一郎先生
忘れられない症例が次に進む糧になっていく
(内田先生)我々の仕事で大事なことは、患者さんに対して抜けがあっちゃいけないということですよね。もちろん治療もそうだし、たとえば患者さんの家族に対して治療方針の説明をするとか、同意をとるとか、「あれ? 誰か話しているんじゃないの!?」なんてことが絶対あってはいけないわけですよ。
(谷河先生)分かります、分かります。
(内田先生)そのためにはチーム内でのコミュニケーションやカンファレンスも大事だし、それぞれの働き方を考える必要もある。チーム全体のマネジメントをしっかり行うことで、みんなのモチベーションが維持できるんだと思います。
(谷河先生)外傷外科医といっても、実際に手術をしない症例もたくさんありますから、手術のスキルと同じぐらいチームマネジメント力が求められますよね。テクニカルスキルより、むしろノンテクニカルスキルのほうが大事なんじゃないかと思うことも多々あります。野球と同じで、スター選手が一人いれば必ず勝てるというものじゃない。まぁ大谷翔平がいれば別かもしれないけど(笑)。
(内田先生)でも、そのチームプレーが自分のモチベーションにもなりますよね。自分に任された手術はしっかり行い、自分自身もスキルアップを続けることで、スタッフに対して「これはいい」「これはだめ」という指導も行える。それがちゃんと伝わってみんなが一歩先に進めたと感じることができると、また自分のモチベーションも上がる。そういう感覚は、やっぱり野球での経験が背景にあると思うんですよね。
(谷河先生)実は僕も中学時代野球をやっていたんですよ。僕の場合は高校生の頃に「誰かに貢献できて、経済的にも自立した職業」として医師を目指すようになったのですが。
(内田先生)え、そうなの? 世代は少し違うけど、名古屋出身で、子どもの頃から野球をやっていて、同じ外傷外科医(笑)。
(谷河先生)カブりすぎて野球の話がしづらいんですけど(笑)、野球って大逆転のジャイアントキリングが起こること、結構あるじゃないですか。それと同じで、外傷外科も「これはかなり厳しいだろう」という患者さんを奇跡的に救命できて、社会復帰を見届けられることがよくあります。
(内田先生)あぁ、ありますね!
(谷河先生)なんというか、最後まで諦めないで絶対に勝つという想いを、看護師を含めた診療チームで持つことが大事です。たとえば、すごく難しい外傷手術がバシッと決まっても、その後の集中治療が適当だったら、患者さんは助からないわけですよね。最重症の患者さんの場合、初回に大量得点をとられているようなものですが、コールド負けにならないようにコツコツと点数を重ねて、最終回まで持ち込み、逆転勝ちを果たす。外傷診療は野球の試合に通じるところがあります。
救急の受け入れでも、処置が終わって患者さんが病室に移った後も担当されるのですか?
(谷河先生)僕たちは基本的に、患者さんが回復して退院するなりリハビリ病院に移るなりするまで、最後の最後まで診ますね。時には退院した患者さんが外来に診察に来てくれることがありますが、入院時に集中治療室で担当していた看護師さんなどに「ほら、あの時の患者さんだよ」と伝えると、「わぁ、こんなに元気になって!」とすごく喜ぶんですよね。それを見ると、僕自身も嬉しくなるんですよ。これだから外傷外科医はやめられないと思える瞬間です。
(内田先生)患者さんが喜んで、スタッフが喜んで、それは本当に医師のモチベーションになりますよね。
(谷河先生)もちろんすべての患者さんを救えるとはかぎらないし、時には心が折れちゃいそうになることもありますが、そういう成功体験を1例でも味わえれば、みんな「医者になって良かった」と感じると思いますよね。
(内田先生)忘れられない症例ってありますからね。それがあるから、次に向かえるという。
(谷河先生)逆もありますしね。助けられなかった症例も消えない記憶となって、それを背負って次の手術に向かっていく。どんな症例でも一例一例本当に大事にしなければいけないと思います。
谷河 篤先生
外傷死ゼロと地域格差の解消を目指す
お話を伺っていると外傷外科とは本当に厳しいお仕事だと感じるのですが、そんな中でお二人はどのように気分転換を図っているのですか?
(内田先生)とにかく、引きずらないこと。それから、どんなこともチームで共有すること。僕の病院は大阪の天王寺という繁華街にあるので、うまくいかないことがあって落ち込んでも、一歩病院の外に出るともう普通にカップルが楽しそうに歩いていて、ザ・日常なんですよね。
(谷河先生)なるほど、そうですね。
(内田先生)そんな中で自分が気持ちを引きずって家に持ち帰っても何も解決しない。だから、悔しい結果に終わった症例があっても、病院の中できちんと消化するために、チームで振り返ってその経験を共有し、次へとつなげていく。仕事の悩みは仕事でしか解決できませんから。そういう共有という意味では、医療VRも非常に役立つツールだと思いますね。
(谷河先生)確かに、動画があればよりリアルに振り返ることができて、一人で引きずることなく、その経験を次に活かせますよね。
(内田先生)谷河先生は落ち込んだ時、どうされているんですか?
(谷河先生)いやー、こういうこと言うと誤解されそうですけど、僕は「この仙台だけでなく宮城県、東北地方で、重症の患者さんを救える外傷外科医は自分しかいない!」って常に自分自身に思い込ませているんですよ。だから落ち込んでる場合じゃないぞって。
(内田先生)谷河先生は「サムライ・スピリッツ」を掲げるドクターだからね。
(谷河先生)あくまで自称です!(笑) もちろん悲しいことも落ち込むこともありますけど、内田先生がおっしゃるように病院を出たら日常があり、家庭生活が待っていますからね。うちは7歳の息子と4歳の娘がいるんですけど、僕の仕事のことはよく分かっていますし、子どもたちに恥ずかしくない仕事をしなくちゃと思いますね。
(内田先生)うちはまだ3歳だから、親の職業まではよく分かっていないなー。「パパの仕事は何?」って聞かれたから、「救急車に乗ってくる患者さんを助ける仕事だよ」って教えたんだけど、たぶん救急車に乗っている救急隊員だと思っているんじゃないかな(笑)。
(谷河先生)先生は趣味って何かあるんですか?
(内田先生)最近ハマっているのは自転車ですね! ロードバイクを買って乗り始めたら、ひと漕ぎの推進力が全然違っていて、めちゃくちゃ気持ちがいい。ツーリングに行くほどの時間はなかなかとれないんだけど、通勤の時間で楽しんでいますね。谷河先生は?
(谷河先生)あ、僕の趣味は手術です(笑)。趣味・手術、特技・手術でありたいなと。実際、常に手術のことを考えていますし、休日に手術の研修を受けに行ったりもして、とにかくスキルアップを目指していますね。
(内田先生)えー、僕の趣味の話なんてしなきゃよかったな(笑)。でも、谷河先生はいつも「trauma death zero=外傷死ゼロ」に挑戦するとおっしゃっていますからね。
(谷河先生)はい、それが目標です。次世代を担う子どもたちが大人になった時に安心して暮らせる社会を、医療から作っていきたい。まずは自分がいる仙台・宮城の外傷死ゼロを目指して頑張っていますが、医療の地域格差は日本においても深刻な課題なので、それをどうやって解決するかも考えなくちゃいけない。
この地域にはこの病院があったから救急患者が助かったけれど、あの地域だったら助からなかったかも、というようなことですか?
(谷河先生)そのとおりです。でも、その点では医療VRによる教育や研修は非常に有用だと思いますね。症例が少ない病院でも、どのような外傷治療を行なっているのかを共有して学んでもらうことができますから。
(内田先生)今日のセミナーでも言及しましたが、「低血圧を伴う出血性ショック外傷患者は、蘇生室での滞在時間が3分のびるごとに死亡率が1%増加する」という学説があるほど、外傷外科には迅速で的確な決断が求められる。だからこそ、どの施設でも一律に臨床教育・臨床研修の頻度をボトムアップできる医療VRへの期待は高まります。
(谷河先生)VRの技術自体がどんどん進化していくでしょうし、10年後20年後に医療VRがどうなっているか、楽しみですね。
お二人の思いがけない素顔や本音も知ることができたスペシャル対談。VRについての貴重なご意見もお聞きし、これからのご活躍がますます楽しみになりました。内田先生、谷河先生、ありがとうございました!