【スペシャル対談 part1】「医療VRの価値を国内外に発信していきたい」
・インタビュー対象
大阪公立大学医学部附属病院救命救急センター 内田 健一郎先生
東北大学病院高度救命救急センター 谷河 篤先生
2023年8月、「第6回世界外傷学会(World Trauma Congress)/WTC2023」においてジョリーグッド共催によるVRセミナーが実施されました。
VRセミナー テーマ
Learn with 360-degree live-action VR video
Trauma resuscitation and emergency surgery
--The latest case study of VR in medical education that complements clinical practice
360度実写VR映像で学ぶ、外傷蘇生と緊急手術〜臨床実習を補完する医療教育VRの最新事例
座長を務めてくださったのは大阪公立大学医学部附属病院救命救急センターの内田健一郎先生。また、AMED実証協力施設の一つである東北大学病院高度救命救急センターの谷河 篤先生も登壇され、ご自身で制作されたVRコンテンツをもとに講義を行ってくださいました。
今回は、外傷外科医として現代医療の最先端に身を置くお二人に、今後の医療VRにかける期待や、医師として日頃お感じになっていることなどを、本音で語り合っていただきました。
コロナ禍がきっかけで医療VRの可能性を実感
本日はセミナーへのご登壇、お疲れ様でした。海外からの参加者も医療VRを体験することができて非常に興味を持ったようでしたね。お二人も積極的にVRコンテンツの制作に取り組んでおられますが、どのような経緯でVRに興味を持たれたのですか?
内田 健一郎先生(以下内田先生)僕がVRの必要性を感じるようになったのは、やはりコロナ禍がきっかけなんですよ。当時の医学生はというと、やっと臨床現場で学べると楽しみにしていたはずの5年生も、感染リスクの問題から病室に入れず、遠くからガラス越しに患者さんの様子や診療を見ているしかなかった。これでは全くベッドサイドの研修にならないな、と。
谷河 篤先生(以下谷河先生)当時は本当にそうでしたね。
(内田先生)そういうことから、臨床教育VRがあれば非常に役立つのではないかと、仮想現実の有用性を考えるようになったんです。また、「JATEC」という外傷診断のトレーニングコースがあるのですが、これもバーチャル化できたらいんじゃないかなとか、VRには大きな可能性と期待を感じていますね。そのためにはコンテンツ作りが非常に大事になってくると思いますが、今日の学会でも谷河先生のコンテンツはすばらしかったですね。
(谷河先生)ありがとうございます。あのVRは、2018年に新設された東北大学のハイブリッドER「iTUBE(アイチューブ)」での外傷手術を記録したものです。「iTUBE」はCTや血管撮影装置と手術室機能を備え、重症救急患者に短時間で治療を行うことができる初期治療室ですが、単に設備を整えるだけでは意味がない。それをより有効に機能させるために何が必要だろうと考えたところ、大切なのは診療を振り返ることだったんですよね。
(内田先生)あぁ、なるほど。
(谷河先生)そこでまず、当時1台だけあった備え付けカメラで診療の様子を記録してみたのですが、やっぱり診療だけでなく現場の人の動きが分かるほうがいいねと。それでマイクを入れたりカメラを増やしたりして、さまざまな角度から診療を記録するようになったんですよ。その動画を、医師だけでなく看護師さんや放射線技師さんたちと一緒に見て、「この場合はこうした方がいいね」「次に同じことがあったらどうしたらいいだろう」と振り返るうち、外傷診療のチーム力、もっといえば診療能力自体が向上していることが実感できたんです。
(内田先生)それは具体的に向上を実感できる部分があったということですか?
(谷河先生)実際に救命できる患者さんが増えていったんです。そういう成功体験ができると、みんな「もっと助けられるようになりたい」と意欲が高まって、すごく良い流れになっていったんですよ。そんな時に、日本医科大学付属病院高度救命救急センターの横堀將司先生から、東北大学でもVRを導入してはどうかとお話をいただいて。
横堀先生は、早くからジョリーグッドと共同で救命救急の医療VR開発に携わっておられますね。
(谷河先生)そうですね。その横堀先生から東北大学のほうにお話があって、当時iTUBEの診療や診療動画の記録や編集も僕が主に担当していたので、僕がVRも担当することになったわけです。ですから、2D動画からVRへの移行はスムーズではありましたね。
谷河 篤先生
ベストなカメラ位置を見つけてクオリティを上げたい
(内田先生)でも、いざVR用に360度全方向カメラで動画を撮影しようとしても、診療に干渉しないで撮影するというのがなかなか難しいんですよね。
(谷河先生)そうなんですよ! 診療に干渉する可能性があるんじゃないかと、VRの導入に反対する医師や看護師も少なくありませんでした。実際は、診療に干渉しないところにVRカメラを設置していますので、診療の妨げになることはありません。機材の形状などについてはジョリーグッドさんにも工夫していただきたいなと(笑)。
(内田先生)でも、谷河先生の今日の動画は良いポジションで撮影できているなぁと感じました。
(谷河先生)今回は自動車事故で救急搬送された患者さんに肺挫傷が判明し、胸腔ドレーン挿入を行うという場面でしたが、ドレーン挿入術を記録するのであればここがベストというポジションを見つけられたかなと思っています。
(内田先生)とはいえ、撮影に不慣れな施設でいきなりVRコンテンツを制作するのは、なかなかハードルが高いんじゃないかな。
今日のセミナーでも海外の参加者から「カメラはどこに設置すればいいのか」と質問がありましたね。
(内田先生)やはり蘇生医療行為自体に撮影が干渉するのは絶対に避けなければなりませんし、かといってコンテンツのクオリティも確保したいし、難しいですよね。ただ、要は何を撮りたいかだと思います。手技を集中して撮りたいのか、診療室なり手術室なりの全体をダイナミックに撮りたいのかをしっかり決めることが大事。僕自身は、まるでその場にいるような没入感が得られることを意識して撮影するようにしています。いろいろな取り組みをしてみることが大事なんじゃないですかね。
内田健一郎先生
情熱を持って導入を進めれば、VRへの理解は必ず深まる
(谷河先生)もう一つVRに期待することといえば、医学教育での有用性です。大学での教育と病院での臨床、さらに自分の研究も担っている医師は本当に多忙で時間がないんですよ。その中で病院実習の学生が毎日診療の現場にやってくるわけで、正直なところ彼らをじっくり指導する余裕がないこともある。そんな時にVRで実例を体験させてあげられれば、学生も興味深く学べますし、満足感も得られる。そういう教育の補填ツールとしても期待できると考えています。
(内田先生)そもそも僕らの領域って、待っていたら患者さんが予約時間に来てくれる診療じゃないですからね。月曜日の10時からこの手術があるから学生にも見学してもらおうとか、そういう予定がたつ領域じゃない。だから実際に現場を体験できる頻度を上げていくのが難しいんですよね。
(谷河先生)まさにそうですね。
(内田先生)でも一方では一つ決断を違ったら分単位で生存率が下がっていく厳しい領域でもあるので、スタッフみんなの経験値を上げて、誰もが頭の中で「こんな患者さんが来たらどうするか」というシミュレーションをできるようにしておかなければいけない。そういう面で、VRの活用は本当に期待できると僕も思っています。今日の学会のように、それを国内外に向けて発信できる場があるのはすごく有意義ですよね。
(谷河先生)個人的には言語が英語ということで言いたいことが言い切れず、ちょっと歯がゆい部分もありましたが(笑)、それは個人的な課題として、無事国際学会でVRセミナーを開催し、少しでも外国の人に医療VRの価値を知ってもらえたことは、本当に良かったと思いますね。実際にVRを体験してもらえたので、大きなインパクトを残せたんじゃないでしょうか。
今回のセミナーに登壇された内田先生(写真上)、谷河先生(写真下中央)
(内田先生)これからはそのインパクトに加えて、実際の効果を数値化してデータにしていくことも必要かもしれませんね。難しいことだけど、アカデミックな場ではそういうデータによるエビデンスが信頼性につながりますからね。
(谷河先生)まだまだ課題はいろいろありますよね。医療従事者の中では、VRを体験したことのない人さえ大勢いますし、そういう人たちは導入に懐疑的な部分があるかもしれません。でも、そんな人も実際にコンテンツを見てみると、「これいいね!」って感動してくれるんです。「人の動きが2Dより分かりやすい」と。ですから、情熱を持って導入を進めていけば、次第に理解も深まり、活用の場面は増えていくと思っています。
医療VRに対する期待と意欲を語り合ってくださった内田先生、谷河先生。後編では、お二人が医師を目指したきっかけや意外な共通点を話してくださいました。お楽しみに!