【Doctor's Story】患者さんにとって必要なものを共に考える真のパートナーでありたい。
【Doctor's Story】患者さんにとって必要なものを共に考える真のパートナーでありたい。
国立がん研究センター東病院 看護部長として、日々がん患者のケアと後進の育成に尽力されている栗原美穂先生。2023年12月の「第43回日本看護科学学会学術集会」におけるジョリーグッド共催VRセミナーで座長を務めてくださった栗原先生が、看護師育成におけるVRコンテンツの可能性や、がん患者に寄り添う看護師としての想いなど、さまざまなお話を聞かせてくださいました。
12月のセミナーは立ち見の入場者がずらりと並ぶほどの盛況ぶりでしたね。栗原先生と同じ国立がん研究センター東病院の村田長子先生が発表された「多重課題」についてのVRコンテンツも、非常に臨場感があり、来場者の皆さんが食い入るように視聴されている様子が印象的でした。
栗原美穂先生(以下栗原先生)そうですね、VRへの関心の高さが伝わってくるセミナーでしたね。それだけ看護師の皆さんが現場で困ってらっしゃることが多いんだなと感じましたし、たくさんの方に参加をしていただいてよかったと思いました。
独立行政法人国立病院機構新潟病院看護部の齊藤美紀先生が発表された筋ジストロフィー患者さんの体位変換・体位調整に関するVRコンテンツも、看護師の目線がどこに向いているかといった部分がとてもリアルでした。
(栗原先生)本当にすごいなって思いました。ベテランの看護師は、今この動作をしていても目と頭は次のことに向かっているものですし、誰かと話をしていても「あ、あっちの患者さん転びそう!」って気づくほど広範囲を見て認識して、客観的に判断しているものなんです。そういうプロセスはやはり教科書のテキストだけでは理解できませんし、看護師のアセスメントにつながる頭の中の構造や言葉、目線といったようなものも映像内で表現していくと、さらに役立つVRコンテンツになるだろうと感じました。
経験の浅い新人看護師にとっては貴重な教材になりますね。
(栗原先生)看護師になってからの教育というと、これまでは事前事後のレポート作成と、講義とグループワークの集合研修、という感じだったのですが、いわゆるZ世代のデジタルネイティブな人たちには、それはもう適していないのではないかと数年前から感じていました。学生の頃からレポートを書くのにコピペが当たり前という世代にどれほどレポートを書かせても、ただ課題を提出するためだけの課題になってしまって、自分の中に落とし込むことにはならないなと。
確かにそうかもしれません。
(栗原先生)じゃあどうしたらよいかと考えた時に、マニュアルなどを電子媒体にしたり、eラーニングを取り入れたりと、教育にデジタルの要素を増やしていくことが効果的ではないかと。そしてもう一つ、今の若い世代は失敗するのをとても怖がります。患者さんへの対応にしても、できれば最初に人がやっているのを見せてもらって、次にその真似をして、真似ることができてから自分自身の考えでやってみたいというように、とても慎重なんです。私たちの若い頃は「失敗してもいいからとりあえずやってみる」というところがありましたけど、今は患者さんの目も厳しくなっていて、1回の失敗で2度と患者さんと接することができなくなってしまうことも起こりかねません。
医療過誤などのニュースもありますから、若い看護師の皆さんは不安が大きいでしょうね。
(栗原先生)そういうことを考えると、新人看護師が実際に患者さんと対峙する際に、ある程度自分の中でリアルなイメージを持っておけるような研修が望ましいわけです。また、経験後に同じ教材を見直すことで理解を深化させる繰り返しの教育も非常に重要になってくる。そういう意味では、こういったVRコンテンツを使った教育や研修というのは、今の若い世代に合っているのではないかと感じています。
新人時代のつらい経験からがん性疼痛認定看護師の道へ
栗原先生が看護師を目指されたのは、何かのきっかけや影響があったのですか?
(栗原先生)私はとても健康で病院に通ったことがなかったので、医療の世界に対して何の興味も持っていませんでした。ただ、高校で進路を決める時に親と話をして、手に職をつけるというか、ずっと働けるような仕事がいいかもねと。そこで親から「親戚には看護師や警察官になっている人もいるよ」と言われて、「じゃあ看護師にする」って。本当に軽い気持ちで申し訳ないぐらいなんですけど(笑)。
これまでがん領域ひとすじに努めてこられた栗原先生のお話としては、ちょっと意外ですね(笑)。
(栗原先生)逆に憧れもなかったので、仕事を始めていろいろと大変なことがあっても「こういうものなのかもしれないな」と思うくらいで、幻滅もしなかったというのがホントのところです(笑)。一方でがん医療に関しては、看護学校の頃のゼミで、がん患者さんについていろいろと学ぶうちに深く興味を持つようになったことが、その先の選択に大きく影響したとは思います。
それで国立がん研究センター東病院に入職されるわけですね。当時はがんの治療も今とはずいぶん違っていたのでは?
(栗原先生)がんの5年生存率は今でこそどんどん高くなってきていますが、当時はまだまだ治る病気とはいえなくて、がんイコール死に直結というイメージを持たれていました。就職してすぐの頃は今のような薬の使い方もできず、プラセボといって、患者さんに痛み止めだと言って生理食塩水を投与するようなことが本当にありましたし、それで一定の効果はあるとしても、やはり医療側としてはすごく苦しくて。ただ患者さんのそばにいることしかできず、それでも逃げ出すことはできない。本当にごめんなさい、ごめんなさいっていう感じだったんです。
患者さんも苦しいけれど、医療従事者の皆さんも苦しい思いをされていたんですね。
(栗原先生)でもその中で、薬だけに頼らず、例えば温めてみるとか何かしら役に立てることはないかと考えたり、その対応で実際に患者さんも少し楽になったというようなことを体験していくうちに、がんの世界は看護師にもいろいろやれることがあるのかもしれないと考えるようになり、この領域で看護師を続けることを決意しました。その後15年以上経ってがん性疼痛認定看護師の資格を取得したのですが、それもおそらく新人の時に患者さんにつらい思いをさせた体験がきっかけになっているのではないかと自分では思っています。
治療法が進化しているとはいえ、今でもがんはとても怖い病気だと思います。それを看護師として支えるというお仕事は、やはりとてもハードなものではありませんか?
(栗原先生)つらくなることもありますが、私たち医療者側は痛いわけでも病気なわけでもないし、何とか自分たちの中で気持ちをコントロールしていく術があります。本当につらいのは患者さんです。5年生存率が上がったとはいえ、今はまだ特効薬はありませんし、こうすれば絶対治るという保証がない以上、がんを宣告されれば衝撃を受けるのは当然です。私だって自分がなったとしたらすぐに“死”を考えてしまうと思います。
栗原先生でもやはりそうですか?
(栗原先生)もちろんです。それぐらい、がんはまだまだ誰にとっても人生の一大事です。それでも、患者さん一人ひとりがその病に対して立ち向かい、自分なりの生活を維持するために何ができるかを一緒に考えていけることが、看護師としてとてもありがたく、がんの領域に進んでよかったと感じています。
看護という仕事のやりがいは何かを、後輩たちに伝えたい
栗原先生のお話を伺っていると本当に看護師の鏡のように感じるのですが、ご自身のどういう点がこの職業に適していると思われますか?
(栗原先生)どうなんでしょう……(笑)。適しているかどうかは分かりませんが、感情的に怒ったり泣きわめいたりみたいなことはあまりありませんね。わりあいフラットというか。今は看護部全体を見る立場でもありますので、たとえば一人の看護師について上長が短所を指摘していたら、逆に私はその人の長所を見つけてほしいと助言しています。上司として、看護師自身にも悪いところだけでなく、自分の良いところに気づかせてほしいと。じつは看護師って反省が得意なんですよ。
反省が得意?
(栗原先生)そう。「患者さんのために」ということをうたっている職業ですから、ああすればよかったとか、自分はここが悪いとかあれができないとか、自分に厳しくなってすぐに反省するんです。私は看護師長に指導することが多い立場なのですが、そうするとやはり「私がちゃんとできていないから下の人たちにも良くない影響があるのかも」といった反応になることが少なくないんです。そういう時は、「でもあなたのこういう発言が良い結果につながっていると思うよ」というように、客観的に見たその人なりの功績を伝えて、マイナス思考にばかりさせないように気をつけています。逆に「私はできているのに」ということばかり考えてしまう人には、できていないこともあるよねという部分も伝えますが。
それぞれの考えや行動をしっかり把握したうえでの指導ですね。
(栗原先生)実際には新人看護師全員を常に自分で見て回れるわけではありませんから、教育担当の師長などから正しい情報をあげてもらうことも必要になります。いずれにしても心がけているのは、事実を把握し、相手に伝えるということです。研修などでも師長によく言うんです、「根拠に基づいたおせっかいババァであれ」と。
おせっかいババア!?
(栗原先生)はい(笑)。患者さんに対してもスタッフ同士でも、関心を持って見ているだけでなく、心配なら「大丈夫?」とこちらから関わっていかないとおせっかいにはなりません。でも、その時の感情でおせっかいを焼くだけでは駄目で、具体的な事実や、論文などでも発表されているようなしっかりとした根拠を持ち、「おせっかいかもしれないけど、この根拠に基づいて考えたことを伝えるね」という関わり方が大事だと私は思うんです。そうでなければ相手にちゃんと響かない。それが、“根拠に基づいたおせっかいババア”です。
あらゆる領域の指導者に聞いてもらいたいようなお話ですね。そうしたお考えで大病院の看護部を率いる重責はいかばかりかと思いますが、リフレッシュしたいなという時は何をされていますか?
(栗原先生)基本的には、おいしいものを食べ、おいしいお酒を飲むのがいちばんですね。それと、夫がクルマの運転が好きなので、一緒に休みがとれた時はドライブがてら日帰り温泉などに行って、おいしいものを食べて帰ってきたりしています。
私にとっての『ひらけ、医療。』とは
ジョリーグッドでは、あらゆる場所に医療がある未来をつくっていくプロジェクト『ひらけ、医療。』を展開しています。栗原先生にとっての『ひらけ、医療。』とはどのようなものでしょうか。
(栗原先生)私が考える『ひらけ、医療。』とは、「患者さんと共に考える医療の未来」ということです。
(栗原先生)ひとことでがんと言っても患者さんの病態やそれに対するお気持ちはさまざまであり、一人ひとりが求めるQOL(クオリティ・オブ・ライフ)も異なります。人生が全部変わってしまうかもしれないがんという一大事に直面している患者さんに対して、治療法はもちろんのこと、できるだけ長く、その人らしく過ごすためには何が必要なのかを一緒に考えていく、本当の意味でのパートナーでありたいと思っています。そしてそれが、医療の未来につながっていくと信じています。
【プロフィール】
国立がん研究センター東病院 看護部長/がん性疼痛看護認定看護師。1989年、国立がん研究センターに入職。同センター中央病院および東病院の勤務を経て2019年より厚生労働省に出向。2021年より現職。