【Doctor's Story】医師からの押し付けではなく、患者さんの思いを汲んだ医療提供を。
【Doctor's Story】医師からの押し付けではなく、患者さんの思いを汲んだ医療提供を。
2024年2月、京都市勧業館「みやこめっせ」(京都府)で開催された「第29回 日本災害医学会総会・学術集会」において、ジョリーグッドはランチョンセミナー「災害医療教育VRがつなぐ多方面連携の新たな可能性」を共催しました。座長を務めてくださったのは、熊本大学病院 災害医療教育研究センター長の笠岡俊志先生です。災害医療と人材育成のあり方、そして医療のデジタル化などについてお聞きしました。
はじめに熊本大学病院 災害医療教育研究センターとはどのような施設なのか、教えていただけますか?
笠岡俊志先生(以下笠岡先生)熊本県では2016年に熊本地震が発生しました。その災害対応の経験を活かし、災害医学に関する教育や研究を推進するセンターとして熊本大学病院に新設されたのが、災害医療教育研究センターです。災害医療に従事する人材の養成、行政や地域医療との連携及び市民への啓発等を行うことによって、災害時における災害医療提供体制の構築を図ること」を目的としています。
今回のランチョンセミナーでは、独立行政法人 国立病院機構 災害医療センターの佐野剛志先生が二次トリアージをテーマとするVR研修コンテンツをご紹介くださいました。災害医療は研修が非常に難しい領域ですし、医師が指導にさける時間も限りがあると思いますので、人材育成にはさまざまな課題がありそうですね。
(笠岡先生)そうなんですよ。特に指導医の時間的な負担は看過できません。ですから、今回のセミナーでも取り上げたようにVRによる研修ツールのようなデジタル技術の活用が重要になってくるわけです。コロナ禍では対面の講義がほとんどできませんでしたから、医師や教員の授業を撮影して学生に見てもらうといったようにデジタル技術を活用した教育が非常に発展しました。コロナが終わったからといってそういったDXによる教育も終わらせてしまうのではなく、対面もリモートも、さらにはVRのような新しいツールも、それぞれの良いところを取り入れていくことで指導医や教員の負担が軽減できるのではないかと期待しています。
笠岡先生も実際にVRコンテンツをお作りになっていらっしゃいますね。
(笠岡先生)はい、昨年、熊本大学とジョリーグッドとの協業で、地震による列車脱線事故発生直後の一連の救急対応をテーマにした災害医療教育VRを制作しました。日本の災害救急医療で初めて大規模トリアージが行われたJR福知山線脱線事故をモデルに、熊本地震を経験した熊本大学の災害医療チームが監修しています。
制作するうえでご苦労もあったのではありませんか?
(笠岡先生)苦労しましたね(笑)。私はシナリオの原案を担当し、撮影にも参加しましたが、自分で作ったセリフを自分でしゃべるというのはなかなか良い経験でした(笑)。これは学部教育で活用するVRでしたので、今後は卒業後の研修医向けのコンテンツも作成できればと思っています。
制作には時間もかかりますし、次から次へというわけにはいかないでしょうね。
(笠岡先生)そうなんですよね。ただ、今回のセミナーで佐野先生が作られたVRを見せていただいて、なるほど、テーマを絞って短時間の動画にするというのも工夫の一つだな、と非常に参考になりましたね。長時間VRゴーグルを着けて動画を見続けるというのも、ある意味ではストレスになるかもしれませんし、短時間にまとめたほうが制作する側もそれを使う側も少し楽になるかもしれないな、と思いました。
災害医療を目指す人たちが学べる場を、さらに増やしていきたい
笠岡先生のプロフィールについて少しお伺いしたいのですが、先生はなぜ医師を目指されたのですか?
(笠岡先生)きっかけは祖父が医師だったということですね。私が生まれた時にはもう亡くなっていたのですが、広島の山奥で地域のお医者さんとして仕事をしていたという話を親から聞いて、憧れたといいますか、小学校ぐらいからもう医師を目指すようになっていました。それで地元の山口大学の医学部に進み、そのまま大学病院で働き始めました。ご縁があって今の熊本大学に勤務するようになったのは2012年からだったかな。
循環器内科がご専門ですが、どういった経緯から救急医療や災害医療に関わられるようになったのですか?
(笠岡先生)学生の頃は心臓外科に進みたいと考えていたのですが、いろいろ情報収集していくと、どうやら心臓外科はかなり大変そうだぞと(笑)。それで領域として関連する循環器内科を選んだんです。ただ、循環器内科は心臓疾患が主ですので、救急の患者さんも診ることがかなり多かったんですね。入職当時はまだ救急医療の重要性もあまり認知されていなくて、もちろん災害医療というものも広まっていなかったんですが、10年ほどして山口大学の大学病院に救命救急センターが新たに作られることになり、循環器を専門とする医師として救命センターに出向することになりました。
そこから救急医療との関わりが深まっていったんですね。
(笠岡先生)そうですね。救命救急センターにいる間に、救急の専門医や指導医の資格も取得しましたし、阪神淡路大震災後に日本にDMATという制度ができた時には、早い時期に研修を受講して隊員になりました。最初は実際にDMATとして何ができるのかという不安もあったのですが、2009年に山口県内で豪雨災害が発生し、そこで初めて災害現場での活動を行いました。
DMATが発足したのが2005年ですから、まだ全国的に見てもそれほど活動実績がない頃ですね。
(笠岡先生)そうなんですよ。土石流が発生した現場に初めて入ったのですが、かなり危険な現場だったんです。安全に関する知識もまだ十分にない中での活動でしたから、何とか皆が無事で帰れたからよかったものの、現場の安全確保や危険の予知ということが本当に大事だなと痛感しました。そういった自分の経験から、昨年作成したVRでも、安全面のチェックという点を非常に強調しています。
現地に派遣されるチームは医師がリーダーになることが多いのでしょうか?
(笠岡先生)そうですね。今回の能登も、熊本大学からは医師の私、看護師2名、業務調整員として診療放射線技師1名の計4名で行きましたけども、特に看護師2名が初めての災害現場だったんですよね。そこはやはりいろいろな配慮が必要かなと考えていましたので、とにかくチームメンバーが全員無事に帰還するということを心の中で願いながら、活動をしました。
最近は自然災害が頻発するようになり、DMATのような救急医療活動の必要性を多くの人が実感していると思いますし、それに携わる医療従事者の育成も急務なのではないかと感じます。
(笠岡先生)熊本大学病院の災害医療教育研究センターに移ってから本格的に災害教育に関わるようになりましたけども、これだけ災害が多く災害医療教育が必要とされている国でありながら、そういう教育を受ける場が十分あるかというと、必ずしもそうではないと感じますね。うちでは昨年度から大学独自の履修証明プログラムを始めて、今回の学会でも募集案内をさせていただいたんですが、チラシはすぐになくなりました。それだけ皆さん興味があるのに、実際に学べる場が意外と少ないということなんだと思いますので、もっとそういう機会が全国的に増えていくよう、私なりに働きかけていきたいと考えています。
これからの災害医療教育において先生のような存在は必要とされる一方だと思いますが、お忙しい中でストレスを解消するリフレッシュ法はありますか?
(笠岡先生)私はですね、映画を見るのが実は大好きなんですよ。毎週休みになると、古い作品から最新のものまで、いろいろレンタルして見ています。
最近でいうと、これがヒットだ!という作品はなんですか?
(笠岡先生)それは即答できます、『トップガン マーヴェリック』です! もう最高でしたね。やっぱりトム・クルーズはさすがですねー、スタントマンを使わないからリアル感がすごいですよね。
ちょっと意外なほど熱いお答えでしたね(笑)。災害関連の作品などはご覧にならないんですか?
(笠岡先生)もちろん観ますが、こういう場合はどう対応すればいいんだろうとか、危機管理はどうしているのかとか、ストーリーよりどうしてもそっちのほうに頭が行ってしまうので、あまり気分転換にならないんですよね(笑)。
私にとっての『ひらけ、医療。』とは
ジョリーグッドでは、あらゆる場所に医療がある未来をつくっていくプロジェクト、『ひらけ、医療。』を展開し、医療従事者はじめさまざまな立場の方たちと意見を交換しています。笠岡先生にも、ご自身が考える『ひらけ、医療。』について語っていただきました。
(笠岡先生)私が考える『ひらけ、医療。』とは、「すべては患者のために」ということです。
(笠岡先生)私は大学医学部の入試にも関わっているのですが、入試には必ず面接があります。その際に重要となってくるのは、医師は社会に対してどう奉仕するべきか、医師として患者さんに医療を提供するとはどういうことか、それを学生さんたちが本当に真剣に考えているかどうかです。医師の倫理や道徳といったことがしばしば語られますが、単に成績が優秀であれば医師になれるということではなく、患者さんに対する思いを強く持っているということが医療従事者としては重要であって、それこそが医療の原点であると私は考えています。
災害時にはそれが「すべては被災者のために」となります。被災者の方たちと同じ気持ち、同じ立場に立った支援活動を行うことが、災害医療の基本だと私は考えています。今回の能登半島での支援にしても、高齢者の中には、長く暮らしてきた場所への思いが強く、仮に命に関わるような状況に陥ったとしても避難所には行きたくないという方もいらっしゃいました。肉体的には厳しい環境であっても、精神的にはずっと一緒だったコミュニティの中にいる強い安心感があり、そこで暮らすことを望まれているわけです。その方たちに対してどう接することが良い災害医療となるのか、私たちはしっかり考えなければならない。
同様に、病院での業務においても、患者さんの立場に立って医療を提供するということが大事になります。医療を押し付けちゃ駄目なんです。こちらが良い治療方法だと考えていても、患者さん側からすると「いやいや、そんな治療は受け入れられないよ」と思っていらっしゃる場合があるかもしれません。命を救うための医療が一方的に提供されるのではなく、患者さんの目線に立ち、患者さんの思いを汲んだ医療の提供が行われないと、患者さん自身が満足し幸福感を得られないということになってしまいます。
医療従事者が満足するための医療ではなく、心のケアという点も含め、本当に患者さんの立場に立った医療を提供することが私たちには求められている。それを改めて考えないといけないのではないかという意味も、「すべては患者さんのために」という言葉には含まれています。
【プロフィール】
1986年、山口大学医学部医学科卒業。同年山口大学医学部附属病院入職。1992年、山口大学医学部附属病院 総合診療部 助手。1999年、山口大学医学部附属病院 先進救急医療センター 講師。2007年、山口大学大学院医学系研究科 救急・生体侵襲制御医学 准教授。2012年、熊本大学医学部附属病院 救急・総合診療部 教授。2019年、熊本大学病院 災害医療教育研究センター センター長/教授。日本DMAT隊員(統括)、熊本県災害医療コーディネーターなど。