【Doctor's Story】垣根なく話をしてもらえる医療従事者でありたい。
導入実績 — 医療教育

【Doctor's Story】垣根なく話をしてもらえる医療従事者でありたい。

【Doctor's Story】垣根なく話をしてもらえる医療従事者でありたい。

2023年11月の「第51回日本救急医学会総会・学術集会」でジョリーグッド共催VRセミナーにご登壇くださった東海大学医学部の本多先生。頭部外傷専門の救急医として長く活躍されている本多先生に、医療を志されたきっかけや、救急医療にかける想いなどをお聞きしました。

本日のランチョンセミナーお疲れ様でした。今回はドクターヘリのシミューレーションをVRでご紹介いただきましたが、非常に臨場感のあるコンテンツでした。

本多ゆみえ先生(以下本多先生)たいへん盛況でしたね。来場者の皆さんにとって興味のあるVRだったのではないかと思います。ドクターヘリのある医療機関は限られていますので、医療従事者でも実際に稼働している様子を見る機会はあまりありませんし、ドラマや映画で見るのとは違うリアルな映像を360度で体験して、イメージが変わったかもしれませんね。

狭いヘリの室内でフライトドクターとフライトナースがどう動いているのかが分かり、本当に大変なお仕事だと思いました。

(本多先生)そうですね。たった二人ですべて判断し処置にあたりますから、ドクターはもちろんフライトナースの重要性もご理解いただけたと思います。それは、まるで自分が乗っているかのような体験ができるVRならではのメリットだと感じました。

幼少時の「どうして?」から医療の道へ

本多先生が医師を目指されたのはどのようなきっかけからだったんですか?

(本多先生)幼稚園の頃にピアノの発表会があって、5歳上の姉と一緒に出たんですよ。それがきっかけといえばきっかけで。

ピアノの発表会?

(本多先生)そうなんです。私の出番のほうが先で、姉の演奏が終わるのを待っていなければいけなかったのですが、退屈しちゃって椅子の上でぴょんぴょん跳ねて遊んでいたんですよ。それでその椅子の上から母の背中に飛びつこうとしたんですけど、距離があったからそのまま落ちて大理石の床で頭を打っちゃったんです。

えぇっ! ずいぶん活発な女の子だったんですね!

(本多先生)いえいえ、鈍いんですよ。階段からとか鉄棒からとか、ホントよく落ちてましたから(笑)。それで気を失って救急搬送されちゃって、気がついたら、よくあるドラマの1シーンのように寝ている私を家族が上からのぞいていました(笑)。私自身は3時間ぐらいの記憶が全然なくて、『あれ、これどういうことだろう?』って。結局は脳震盪ぐらいで済んでその日のうちに帰れましたが。

あぁ、それは良かったですね。

(本多先生)えぇ。でも、その時から『頭を打つとどうして気を失うんだろう』っていう疑問が頭から離れなくなってしまったんです。なんでだろう、不思議だなってずっと考えていたら、両親やかかりつけのお医者さんが「そんなに気になるんだったら勉強してみれば?」と。そうか、じゃあ大学で脳の勉強をして将来はお医者さんかな、なんて漠然と思っているうちに、だんだんと進路が固まってきて、ギリギリで医学部に入って、気がついたら脳神経外科に入局していたということでございます(笑)。

じつにユニークなきっかけですね(笑)。脳外科医になってその疑問は解けましたか?

(本多先生)分かりましたよ。頭をぶつけると、一瞬ワーッと異常な電気信号が出て、簡単に言えば脳のブレーカーが落ちるんです。電気信号は写真に写りませんが、脳波計というもので記録してみると不安定な電気信号がいっぱい出ています。将来的には脳波を写真で見ることができるようになるかもしれませんね。

救急医の原点となった阪神・淡路大震災

先生は救急医療にも長く携わっていらっしゃいますが、その領域に対しても何か強い意識をお持ちだったんですか?

(本多先生)自分の中ではっきり救急医療を意識したのは、1995年の阪神・淡路大震災の時です。地震が起きた時はちょうど手術中でよくわからなかったんですけど、手術室から出たらもう大惨事になっていました。それを見たら、もういても立ってもいられなくなってしまって、「神戸がこんなことになっているのになんで私はここにいるんだろう」って、どうしても気持ちが落ちつかなくなってしまったんですね。それで、しばらくして厚生労働省から「避難所でインフルエンザの予防接種をする医師を派遣してほしい」という要望があった時、いちばんに「行きます!」と手を挙げました。

脳外科医としてお忙しい時期ではなかったんですか?

(本多先生)はい、その頃はチーフレジデントでもあったので本来であれば病院を離れられる立場ではなかったのですが、当時の主任教授が「偉い! 行ってこい!」って背中を押してくださったので、飛んでいきました。それまでも救命救急センターに呼ばれることはしょっちゅうだったんですが、そうか、自分は救急医療の仕事がしたいんだってはっきり気がついたのはその時ですね。2004年以降は出向というかたちで救命救急センターに勤務しています

救急医療はやりがいもある反面、非常にプレッシャーの大きい領域でもあると思うのですが、辛いと思われたことはありませんか?

(本多先生)やっぱり心に残るのは若い患者さんのことですね。たとえば重篤な状態で運ばれてきた患者さんが少しずつ回復してきて、もう少しで安定するんじゃないかというところまで来たところで、急に症状が悪くなって最終的にお亡くなりになったということが何度かあるんです。助かりそうなところまで来たのに助けてあげられなかったっていうことが何度か続いて、その時は「あぁ自分じゃ駄目なんだ、力が及ばないんだ」って非常に落ち込みましたね。自分ではなく他の医師だったら助けてあげられたんじゃないかと。もう辞めようかと本気で考えた時期もありました。

厳しいお仕事ですね……。

(本多先生)ただ、それと並行して、幼い患者さんが見る見るうちに良くなっていくなんてこともあるわけですよ。交通事故で深刻な頭部外傷を負ったちびっ子が、いったん回復し始めると急激に良くなって退院していったりする。そういう子たちが外来で元気な顔を見せてくれると、やっぱり励みになるんですよね。それで今まで何とか続いてきたような気がします。

医療の現場での挫折は医療の現場でしか乗り越えられないということでしょうか?

(本多先生)そうですね。治してあげないかぎり、医師の仕事は終わらない。そういう気持ちで現場に臨んでいるところはあると思います。

上手な時間配分と推しのドラマで元気回復

本多先生は健康維持のために心がけていらっしゃることはありますか?

(本多先生)幸いなことに本当に元気なんですが、ちょっと人とずれているところがあって、夕食後数時間は猛烈に眠くて、それを超えるとワッと目が冴えてくるっていう体質なんです。その時間帯は何をやっても眠くてしょうがないので、読んだり書いたりという頭を使う細かい作業はやめて、頭が冴えてくる3時4時ぐらいから作業を始めるというサイクルで生活しています。ちょっと変なリズムなのですが、私としてはこれが体質に合っていますし、効率がいいんです。

リフレッシュしたいなという時は何をして過ごされますか?

(本多先生)今のいちばんの気分転換はドラマを観ることですね。とくにNHKの大河ドラマは完全に現実から離れることができて昔から好きなんです。『どうする家康』も、弱っちいところがある家康がだんだん立派になって戦いのない世の中を作る姿にしっかりハマりました。松潤、すばらしかったです(笑)。

先生の口から松潤という言葉が出るとは意外です(笑)。

(本多先生)そうですか(笑)。疲れると急速に集中力が切れてくるのが自分でも分かるので、そういう時はドラマを観たりして短時間でも休息をとるようにしています。休む時間と元気に動く時間をうまく使い分けることが大事なんじゃないかと思いますね。

私にとっての『ひらけ、医療。』とは

ジョリーグッドでは、あらゆる場所に医療がある未来をつくっていくプロジェクト『ひらけ、医療。』を展開しています。本多先生にとっての『ひらけ、医療。』とは何ですか?

(本多先生)私にとっての『ひらけ、医療。』とは、「すべての人に、平等に」ということです。

(本多先生)日本でもやっぱり医療を受けられない人っているんですよ。もちろん金銭面の問題もあると思いますが、その他にも、病気についての知識がなく、こういう症状であれば病院に来ればよかったのに治療を受けずにそのままこじらせてしまう人も少なくない。だけど、もし病気のことや治療のことを理解できるようなVRコンテンツが増えて、多くの人に見てもらえるようになれば、そういった状況が改善できる気がするんです。誰でもアクセスできて手軽に視聴できて、「この症状はこの診療科にかかったほうがいいんだな」とか「これならもう少し様子を見たほうがいいね」と判断できるような、患者さん主体のコンテンツが増えてくると、医療をもっと自分ごととして感じられるようになるかもしれません。

確かに、病気かどうか分からないから病院に行かないという人も多いと思います。

(本多先生)医療側からいうと、あまり垣根を感じずに何でも話してもらえるような医師でありたいなと思います。もしかすると医師と対面するのではなくアバターのような存在を相手にするほうが、患者さんは話しやすいのかもしれませんが、そういう新しい技術も活用しつつ、より開かれた、誰にでも平等な医療を目指せればと思っています。

【プロフィール】

1989年、東海大学卒業、東海大学医学部付属病院に配属。1991年に東海大学医学部脳神経外科入局。2004年より東海大学医学部救命救急医学へ出向。2017年より東海大学講師。日本脳神経外科学会専門医・指導医/日本救急医学会専門医・指導医/日本脳神経外傷学会指導医/日本脳卒中学会専門医。医学博士。

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