【Doctor's Story】医療が行き渡らない国内外の地域に貢献し続けたい。
順天堂大学医学部総合診療科学講座(森 博威准教授)は、国内初となるVRを活用したHIV(Human Immunodeficiency Virus/ヒト免疫不全ウイルス)の告知に関する教育プログラムを作成するなど、ジョリーグッドと共にさまざまなVR事業に取り組まれています。2023年8月の「第27回日本病院総合診療医学会学術総会」では共催VRセミナーにもご登壇くださった森先生にお話を伺いました。
総合診療領域での教育は医師の土台となる
セミナーではHIV告知など3本のVRコンテンツをご紹介いただきましたが、いずれも学生や研修医がなかなか立ち会えない場面を体験できる貴重なコンテンツだと感じました。
森 博威先生(以下森先生)ありがとうございます。今回のようなVR動画を活用すれば、多くの医学生や研修医が実際に診察や診療をしているようなリアルな体験ができますし、医師の学びとして非常に有用だということをセミナー来場者の皆さんにもイメージしてもらえたんじゃないかなと思いますね。
確かに、来場された皆さんもとても興味深く聴講されていました。
(森先生)関連する画像や映像を埋め込めることもVRの大きな特長ですから、それも活かせればより良いコンテンツになる。良いコンテンツがあって予算に見合うものであれば、VRを取り入れる施設は間違いなく多いと思います。とくに地域の病院や大学では、人的にも時間的にも余裕がなく、臨床教育ができないという場合が少なくない。この問題に僕もずっと直面してきたので、そのソリューションとしてVRは間違いなく必要とされると思います。とくに総合診療という面ではメリットが大きいと感じます。
総合診療科と聞くと、あらゆる症例をすべて診療しなければならない難しい領域のように感じてしまいます。
(森先生)いや、それほど複雑ではありません。皆さん具合が悪くなったら病院に行きますよね。でも原因がどこにあるのか分からないという場合、僕たち総合診療医がまず拝見する。診断がつき、そのまま総合診療科で対応できる場合は診療を続けますし、専門的な治療が必要な場合は専門診療科を紹介します。診断がつかない場合は、必要な検査を行い、診断のめどをつけてから各科にお願いして診てもらうという流れで、非常にシンプルです。これは医師であれば誰でもできなければいけないことなので、一番基本的な領域といえるんです。だからこそ、この分野での教育が医学生にとっても研修医にとっても大切な土台となるんです。
「第27回日本病院総合診療医学会学術総会」でのVRセミナーに登壇された森博威先生
感染症医の研修経験を経て総合診療医の道へ
森先生が医師を目指されたきっかけを教えていただけますか?
(森先生)僕の場合、父が脳神経外科医だったんですよ。元々は東北大学の脳神経外科に勤務していたのですが、大分医科大学が新設される際にそちらに移ることになり、僕たち家族も大分で暮らすことになりました。父は厳しい人でしたが、勤務時間外でも患者さんの容体が悪くなったらすぐ病院に駆けつける姿がカッコよかった。今でも覚えていますが、雪道でクルマのスリップ事故に遭遇した時も、サッと駆け寄って骨折している人の患部を傘で固定して初期対応していました。そういう姿を見ていたことが、医療に興味を持つきっかけになりました。
大学時代にアメリカに留学されたとか。
(森先生)大学5年生の時にマイアミの大学に1年間留学し、さまざまな科を回った後、最後に研修を受けたのが感染症科でした。基本的にアメリカの感染症科というのはコンサルテーションなので、いろいろな専門科医から相談を受け、意見を伝えたり治療に関わったりします。その姿にとても興味を引かれて、感染症科医になりたいと思いました。
コロナ禍の影響で感染症医が注目されましたが、そもそも日本で感染症専門科がある病院は少なかったのではないですか?!?
(森先生)臨床の感染症科というのはほとんどありませんでしたし、専門医もかなり少なかったですね。その中で、沖縄県立中部病院に日本人で初めて米国で感染症専門医となった先生が勤務されており、あこがれました。帰国後はその病院で研修を受けることに決めました。中部病院は救急指定病院なので、4年間の研修でとにかくたくさんの救急患者さんを診ましたね。その後は宮古島の病院に2年半勤務しました。設備の整った病院で救命救急や集中治療を学び、次に離島に赴任して一人であらゆる患者さんを診なければいけないという状況を経験して、6年間で内科医としての基本を学びました。
感染症の専門医を目指されていた森先生が、総合診療に進まれたのはなぜですか?
(森先生)僕は一般感染症に加えて熱帯医学をサブスペシャリティとして選んでいたので、熱帯医学を学ぶためにタイのマヒドン大学に留学したんです。熱帯医学はすごく面白い学問で、博士課程に進んで研究を続けました。卒業後は帰国して感染症の専門医として勤務する予定だったのですが、まさにその時に東日本大震災が起こりました。僕も現地に駆けつけたのですが、すさまじい被災状況を目にし、本当にいろいろなことを考えて悩んでしまって。自分は感染症の専門医としてではなく、沖縄で学んだような総合診療医として地域医療に携わるべきではないかと考えるようになりました。
あらためて地域医療の重要性をお感じになったのですね。
(森先生)はい。それで方向転換して、北海道の地域救急病院で勤務することを決意しました。地域の多くの病院は医師が不足しています。そうした状況下で自分自身もタイと日本の地域を行き来する中で、海外志向のある医師が日本に帰った際に地域の病院で勤務できる仕組みつくりを行いました。仕組みつくりをしていて痛感したのが、地域医療はやはり大学や大きな病院での研修がカギになるということでした。
研修のシステムということでしょうか。
(森先生)そうです。日本では「屋根瓦方式」、つまり1年目の研修医を2年目の研修医が指導し、2年目の研修医は3年目以上が指導し、というふうに、瓦を少しずつ重ねて積み上げていくような研修システムを取り入れている病院が多いのですが、それは毎年研修医が入ってくるところじゃないと成立しないわけですよ。地域の病院では研修医も教える先輩も限られていますから。
屋根瓦が積み重なっていかないわけですね。
(森先生)しかも日本の医療の充足度は西高東低で、東北から北海道では地域医療は厳しい状況です。北海道の地域も専門医も総合医も足りない。この大きな課題をどうにか改善できないかと考えている時に、順天堂大学が地域の医療機関と連携したネットワークを整備し、地域医療のサポートを図るプロジェクトを立ち上げることになり、お誘いを受けて参加することを決めました。
VRを活用した研修が地域医療の質向上につながる
改めて、先生がお感じになっている医療研修の課題をお聞かせください。
(森先生)日本の地域医療が厳しい現状を考えると、研修のシステムに問題があるからではないかという点に行き着くんです。たとえば循環器科の医師が循環器のトレーニングだけ受けていたら、脳卒中や消化器の患者さんを診ることもできないし、怪我した患者さんの傷口を縫うこともできないという状況になりかねません。
となると、地域医療の現場でさまざまな患者さんを診ることは難しいですね。
(森先生)はい。ですから総合医の育成が必要です。僕が沖縄中部病院で受けた研修プログラムでは、どの科の患者さんが来てもちゃんと対処できるようになりなさい、それが医療の基本ですよというものだったので、そういったトレーニングシステムを構築できれば日本の地域医療は必ず良い方向に向かうという、明確なイメージがある。あるんだけれど、実際にすべての病院にそれを供給するのは、かなり難しい。だから医療VRが登場した時、これはチャンスじゃないかなと思ったわけです。
医療VRを研修に取り入れることができれば、さまざまな症例をリアルに学ぶことができ、総合的な診療ができる医師が増やせると。
(森先生)そうなんです。先ほども言いましたが、総合診療とは医療の基本なので、トレーニングをしっかり受ければちゃんとできるはずなんです。そのトレーニングの一部はVRで補完できるんじゃないかと強く感じたので、今、その部分のプライオリティを上げてコンテンツ制作を推進しています。
お話を伺っていると、地域医療の向上にかける先生の想いが伝わってきます。
(森先生)我々のような総合診療科が地域の病院に増え、来院した患者さんを、どんな疾患であれ自分たちができるところまでしっかり診るという診療を広げていければ、少しずつ地域医療の状況も変わっていくのではないかと期待しています。僕にとっては地域と海外、両方において、医療が行き渡らないところに何かしら貢献していくことがライフワークです。
大きな目標ですね。
(森先生)そうですね。僕は今46才なので、たとえば60才まで働けるとしたら、あと15年程度。その15年で、今持っている力を精一杯使って、やらなければいけないことを少しずつ少しずつ達成していければと思っています。その後は、温泉に浸かりながら、地域の患者さんを診ていられたら幸せですね。
【プロフィール】
順天堂大学医学部・大学院医学研究科准教授/順天堂医院総合診療科医。鹿児島大学卒業。タイ・マヒドン大学熱帯医学部大学院Diploma, 博士課程修了。総合内科専門医・指導医。